手づまりの日銀とECBの金融緩和

“追加"を重ね過ぎたるは及ばざるがごとし。円もユーロも官製相場に限界

2016年3月25日(金)アナリスト工房

劇薬は、適切に使用すれば一時的な効果が期待できても、長期にわたり常用した場合には効果が失せるとともに危険な副作用を招くことが多い。

金融緩和の政策では、政策金利の利下げが普通の薬に対し、量的緩和(中央銀行が国債などを買い取ることによる市中への資金供給)とマイナス金利(民間銀行の中央銀行への預金に負の利子率を適用)が”劇薬"に相当します。

なぜなら量的緩和は、国債が中央銀行引き受けを前提に大量発行されるため、長く続けた場合には国が財政規律を失い破たんする危険があるからです(いい加減やめたい日本の量的緩和)。

またマイナス金利は、国債利回りを低下させることから国債投資に向かうマネーを減らすため、やがて国の債務をまかなう国債が量的緩和なしでは消化できなくなるといった副作用が生じます(マイナス金利の効果がマイナスの理由)。

しかし日欧の中央銀行は、自国・地域の産業競争力の向上とデフレの抑制のために、また基軸通貨のドルを買い支えるために、これらの劇薬を大量に服用してきました。

量的緩和は、新たに刷ったお金を市中へ供給することにより、1円あるいは1ユーロあたりの価値下落を図ります。マイナス金利は、自国・地域の債券利回りを低下させることで、投資マネーを米国など海外へ振り向ける金融政策です。

それぞれプリントマネーに伴う通貨価値の低下、海外投資の促進に伴う円売りあるいはユーロ売りを通じて、通貨安を導く効果を狙った劇薬といえましょう。

これらの劇薬を飲み込んだ日銀とECB(欧州中銀)の目的は主に3つ。自国・地域の通貨安でもって(1)輸出での競争力を高めること、(2)輸入物価を上昇させデフレを抑えること、(3)米国の通貨ドルの価値を支えることです。

一般に国際競争力や物価動向に応じて通貨のレートが決まるのに対し、日欧の中銀は通貨を切り下げることで競争力向上とデフレ抑制を図っています。原因と結果が互いに逆ですね。

はたして今年の金融緩和では、日銀もECBも上記3つの目的達成に必要な通貨安への誘導がままならず苦戦に転じています。

1.日銀の新たな劇薬は量的緩和の出口での特効薬も、実は円高要因

まず、日本のマイナス金利(2016年2月-)の導入では、その公表から1週間の円相場は狙いとは逆に円高方向へ反発してしまいました。

以前は、"異次元緩和(本格的な量的緩和:2013年4月-)"をはじめたときも、翌年の追加緩和(量的緩和の拡大:2014年10月-)に踏み切った際も、為替は日銀の意図のとおり著しく円安に進行しています(図表左)。

今年の新たな緩和策が円高を招いてしまったのはなぜでしょうか?

来年には限界の時期を迎える量的緩和の終了時には、急速な円高進行が想定されるからです。

異次元緩和以降の日銀は、国債発行残高の増加額のなんと3.8倍のペースで国債保有高を増やしています(2013年4月-2015年12月)。このままでは2017年半ばに、国債市場での売り物が尽きるため、量的緩和が続けられなくなる見込み。

そこで、その時期を早めてしまうさらなる追加での量的緩和でなく、新たな政策手法(マイナス金利)が採用された次第です。

量的緩和が終わるとき、最大の買い手(日銀)がいなくなる日本国債は利回り(長期金利)が跳ね上がると予想されます。

とはいえ、民間銀行の中央銀行への預金に適用される短期金利のマイナスが続く限り、その影響を受ける国債利回りは(カントリーリスク悪化が懸念される水準への暴騰でなく)適度な水準の範囲での上昇となるでしょう。

そのとき国内外の投資マネーは高利回りを好感して日本国債へ向かい、為替は円高方向へ急伸する可能性が高い。よって、日銀のマイナス金利政策は円高要因なのです。

2.ECBの緩和はフルコースも、ひと言で台なしに。背後に反対派ドイツ

続いて今月10日には、ECB(欧州中銀)も追加緩和を決定。

政策金利の利下げ(0.05%→ゼロ)、量的緩和の規模拡大(毎月600億ユーロ→毎月800億ユーロ)、マイナス金利の強化(▲0.3%→▲0.4%)。普通の薬も劇薬も、ずいぶん盛りだくさんですね。

しかし、決定直後のドラギECB総裁の「(マイナス金利の)さらなるレート引き下げの必要は想定していない」とのひと言が、市場参加者の将来のいっそうの追加緩和への期待に冷や水を浴びせました。

結果、本件公表後の為替はユーロ高へ大きく反発しています(図表右)。

劇薬の金融政策の恐ろしさは、麻薬と同様に長く依存すると効き目が低下するため、服用量を次々と増やしてしまいかねない危険。その行く末には、とんでもない副作用(上記)のオンパレードです。

ユーロ圏の金融政策を決めるECB理事会のメンバーのなかでは、ワイトマン独連銀総裁などドイツ勢が、副作用の大きな量的緩和とマイナス金利に強く反対しています。

なぜなら、日本と同様に間接金融が主体(企業の社債発行よりも銀行借入での資金調達が主流)のドイツでは、劇薬での異常な低金利が続いた場合には多くの中小金融機関が行き詰まる懸念が浮上しているからです。

追加緩和の打ち止めを示唆したドラギ総裁の発言(上記)の背後には、アンチ緩和のドイツの金融筋からの強いプレッシャーがみてとれます。

ユーロ圏中核国の強い反対にもかかわらず見切り発車されてしまった、一枚岩でないECBの緩和策が効果を発揮できないのは当然といえましょう。

以上、日欧の中銀ともに金融緩和が手づまりとなり、円もユーロも通貨安誘導がままならなず官製相場に限界がみえてきました。

すでに実質破たんしていると見受けられる米国(騒動後の米債務問題はいっそうヤバい)の通貨ドルを日欧が買い支えられなくなったいま、通貨防衛のために利上げしなければならないFRB(米国中銀)の次の一手が注目されます。

アナリスト工房 2016年3月25日(金)記事