米国を買い支える日本と売り崩す中国
日本発の投資マネーが語る、ドルと米国債をめぐる激しい攻防
2015年2月25日(水)アナリスト工房
海外投資で大切なのは、世界の主な金融商品と為替の動向とともに、取り巻く経済情勢および金融政策を日頃からつかんでおくことです。
今回は、わが国を旅立った投資マネーの動きを追いながら、いまの世界の情勢と主要国の政策のとんでもない実態を紹介しましょう。
昨年1年間の日本から海外への対外証券投資は、外国の債券・株式など合わせて6.1兆円の純増。その前の年(2013年は9.5兆円の純減)から大きく上向きました。
わが国の海外投資が急増しているのは、日銀の量的緩和(国債などの買い取りによる市中への資金供給)が、金融機関・年金基金などの投資マネーを日本国債から押し出しているからです。
昨年1年間に日本の政府債務残高は12.0兆円増えたのに対し、債務をまかなう国債の日銀の保有高はなんと69.0兆円も膨らみました。すなわち、日銀は投資家(わが国の金融機関・年金基金など)から大量の国債を買い集めています。
ちなみに、一部の年限の国債利回りがマイナスと化している”マイナス金利"は、日銀の旺盛な買い圧力が原因です。
一方、市場で国債の売却に応じる投資家は、それ以外の資産(国内外の株式、海外の債券など)を新たに購入して運用することになります。
日本発の投資マネーが国内外の株式や海外の債券へ振り向けられるため、主要国の株価は軒並み高値圏での推移を続け、為替は著しく円安・ドル高に振れています。なかでも市場規模No.1の米国債は、日本勢の保有高が昨年1年間に484億ドル(5.1兆円)も急増しています。
円安の強い追い風を受けて日本企業の業績は輸出勢を中心に順調ですが、2014年のわが国の実質GDPは前年に対しゼロ成長(2/16公表の速報値)に過ぎません。
なぜなら、業績をけん引する輸出企業(自動車、電子部品など)の好調は、実は日本のGDPに貢献しない、海外生産の拡大が主な要因だからです。一方、GDPに大切な輸出は伸び悩んでいます。
わが国の主力品を手掛ける乗用車8社は、2014年の海外生産が1,699万台(前年比4.7%増)に対し、輸出台数がわずか412万台(同4.9%減)。しかも、外国の需要を輸出でなく海外生産でまかなう傾向がいっそう強まっています(*)。
電子部品など他の輸出企業も、東日本大震災直後に日本製部品が外国へ届かないといった"サプライチェーン問題"の教訓を踏まえ、いまでは消費地の外国での生産が主体。わが国でなく海外進出先のGDPを潤しているのが実情です。
よって日銀の量的緩和は、株価を押し上げる力はあっても、日本の経済成長を促す効果はほとんどありません。わが国のための政策とは考えづらいですね。その本当の狙いはドルと米国債の買い支えにあると見受けられます(サッサと終えたい日本の量的緩和、日銀の追加緩和の本質は為替介入)。
緩和策で大量供給された円のマネーは、大半が日銀預け金(民間銀行の日銀への預金)の口座に眠っていますが、一部とはいえ大量の額が上記のように金融機関・年金基金などを通じてドルに替えられ米国債へ向かっているのです。
日本がドルと米国債を買い支える背景には、最大の海外保有国の中国がそれらの売り手と化していることがあります。
従来の中国は、積極的な人民元売り・ドル買いの為替介入により自国通貨の過度の上昇を抑えるとともに、買ったドルで運用する外貨準備(米国債など)を積み上げてきました。しかし中国の外貨準備高は、昨年6月に3兆9,900億ドルのピークをつけた後、下期(2014年7−12月)にはなんと1,500億ドルも急減しています。
なぜなら中国当局は、ドル高のなか人民元買い・ドル売り介入に転じており、売ったドルを支払うためにドル建ての外貨準備を取り崩しているからです。
また、中国の保有する米国債は、ベルギーの口座を通じた保有分を含めると、昨年下期に528億ドルも減少したと推定されます(**)。
いったいなぜ中国はドル売り介入と米国債売却へ転じたのでしょうか?
人民元の普及加速に伴い不要と化してきたドルの通貨とドル建ての運用資産(米国債など)が、演出されたドル高を好機に処分されていると見受けられます。
中国の最大の貿易相手は欧州ユーロ圏です。昨年9月末から為替市場では、ユーロと人民元との間で基軸通貨のドルを介さない直接取引がスタートしました。為替取引でドルが不要となったため、その通貨および運用資産は以前よりも小額で済みます(ドル高が続かない背景に"ドル外し”)。
ドル中心の通貨体制へ挑むBRICS勢では他にも、ロシアの保有する米国債が昨年下期にドル売り介入に伴い279億ドルも減少しています。また、中露間の取引(ロシア産天然ガスの中国への供給など)でもドル外しが拡大中です。
一方、主要先進国勢のなかでは、欧州ユーロ圏が今年3月から量的緩和を本格化します。ECB(欧州中銀)の供給するマネーの一部は、いまの日銀の緩和マネーと同様に金融機関などを経由して、米国へ向かうと想定されます。
そもそも不要となった基軸通貨を守る意義は薄れているのに、ドルと米国債をめぐる先進国とBRICSのガチンコバトルはまだまだ続きそうです。
なかでも緩和規模の大きなわが国は、預金の安全と年金制度の存続が揺らぐことのないよう願いたい。
株式会社アナリスト工房
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*)日本経済新聞2015.1.29記事『乗用車8社、世界生産最高』に基づく。
**)ベルギーには証券決済機関"ユーロクリア”があり、中国はその口座も利用して米国債を保有している。また、米財務省の統計上「ベルギー勢の保有」として集計される米国債は、その金額および月々の変動額から、その大部分が最低でも日本以上の経済大国のものと推測される(米国のQE3終了を支える舞台裏)。よって、ここでは「ベルギー勢の保有」(2014年下期に287億ドル減少)を中国分(同241億ドル減少)に加算して集計した。