通貨オブザイヤー2016はトルコリラ

世界を大戦の危機にさらすトルコの通貨が、日本の債券投資家を直撃

2016年12月26日(月)アナリスト工房

弊社アナリスト工房の「通貨オブザイヤー」では、海外投資・外国為替・国際情勢などの分析に携わるアナリストにとって、その年いちばんの注目に値する通貨が選ばれます(*:2015年までの受賞通貨とその記事へのリンク)。

今回の通貨オブザイヤー2016は、シリア情勢のもと西側か東側かで迷走中のトルコとともに揺らぎ続けたあげく、主な通貨(下記図表)のなかで年初来下落率No.1となっているその通貨リラに決定です!

アジアと欧州と中東にはさまれ軍事的に重要な場所にあるトルコは、かつての領土シリアでの騒乱のなか、米欧のNATO(北大西洋条約機構)と新たな軍事覇権国ロシアとの間で板ばさみになっています。

これまでどおりアメリカ中心の西側のメンバーであり続けるか、あるいは次の時代に向けて中ロ主体のBRICSへ走るか、優柔不断に迷い続けるトルコとともに、リラの通貨価値はすっかり低迷してしまいました。

【主な通貨の年初来の価格変化率(対米ドル)】 2016年12月23日時点

・ブラジルレアル:21.1% ・ユーロ: -3.7%

・ロシアルーブル:18.1% ・人民元: -6.5%

・日本円: 2.5% ・メキシコペソ:-16.5%

・カナダドル: 2.3% ・英ポンド: -16.7%

・インドルピー: -2.5% ・トルコリラ: -17.1%

国の立場を明確にする課題は、G7のなかで中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)にすでに加盟した5カ国だけでなく、わが国も含め多くの国々が抱えています。また、トルコリラの為替リスクが組み込まれた仕組債では、日本人投資家が大幅な元本割れの損失危機に直面しており、わが国にとってもけっして他人事ではありません。

しかもトルコリラ急落の背景には、なんと1年間に2度も第3次世界大戦の危機が生じていたのです(下記)。

1.反ロか親ロかで揺れる国の優柔不断が招いた通貨価値の低迷

2015年11月、トルコとシリアの国境沿いを飛行していたロシアの戦闘爆撃機が、トルコの戦闘機に撃墜されました。もしも、そのときロシア軍がトルコ軍に報復攻撃した場合には、トルコの加盟するNATOには集団的自衛の条項があるため、3度めの世界大戦がはじまっていたと想定されます。

そこで直後のロシア政府は、トルコへの軍事制裁でなく経済制裁で反撃し、トルコ産農産物(トマトなど)の輸入禁止とともにロシア人のトルコへの渡航を制限。ロシアの旅行会社は、トルコ観光ツアーを一斉に中止しました。

トルコを訪れる観光客は、ロシア人がドイツ人に次ぎ第2位。日本政府観光局の統計によると、2015年のトルコへの外国人訪問者数は世界で第6位。16位のわが国よりも観光収入への依存度がはるかに高いトルコのGDPは、翌2016年の7−9月には7年ぶりのマイナス成長に陥ってしまいました。

トルコ経済悪化のもう1つの大きな理由は、軍の一部の勢力による2016年7月のクーデター未遂後の混乱です。反乱軍は、エルドアン大統領の拘束に失敗したあげく、武装警察と立ち上がった市民にたちまち鎮圧されました。

しかし直後、非常事態宣言を発令したトルコ政府は、クーデターに関与したとされるイスラム教指導者ギュレン師(米国在住)の引き渡しをアメリカに要求するとともに、インジルリク在トルコ米軍基地の電気供給を停止。米国政府がギュレン師の引き渡しを拒むなか、米軍機によるシリア反政府派支援の空爆は一時中断を強いられました。

このようにアメリカに喧嘩を売ったうえで2016年8月、トルコのエルドアン大統領がロシアのプーチン大統領との首脳会談で和解。その前後に、ロシアの対トルコ経済制裁(上記)は次々と解除されています。

ところが翌9月、ロシア傘下のシリア軍がアメリカ主導の連合軍に爆撃され60人以上が死亡した直後、ロシア艦隊の巡行ミサイルが連合軍司令部を直撃し約30人殺害。殺された司令部要員のなかには、なんとトルコから派遣された者も含まれています。もしも、そのとき連合軍がロシア軍を直接攻撃した場合には、いまの世界は大戦の真っ只中でしょう。第3次大戦への危機は2度もあったのです。

2016年12月の首都アンカラでは、ロシアのカルロフ駐トルコ大使が「シリアを忘れるな!」と叫ぶトルコの警察官に銃撃され暗殺されました

トルコが対ロ外交で大きな失態を犯したにもかかわらず、その翌日にはロシア・トルコ・イランの3カ国外相会議がモスクワで開催され、シリア騒乱の終結に向けて3カ国が互いに連携していくことを合意。ロシアはNATO加盟国のトルコを東側陣営に取り込むことに成功したようですね。

結果、アメリカに取って代わり軍事覇権国となったロシアのルーブルが急上昇した一方、国としての主体性を取り戻せないトルコのリラは低迷しています。

2.リラ安で高利回りのハシゴが外れた仕組債は、元本割れの危機

トルコリラの金融商品は、リラ連動型の「為替仕組債」が2014年後半から2015年半ばにかけて日本の投資家に人気を集めていました。為替仕組債とは、普通の債券に為替リスクを組み込んで利回りを高めたハイリスクの運用商品です。

典型的な為替仕組債は、低金利が続くわが国の投資家にとっては魅力的な高利回り(例えば年7.5%)で発行されます。

ただし、その利回り水準が確定しているのは、あくまでも最初の利払い時まで(例えばスタートから半年後まで)。以後は、なかなか長続きしない仕組みがいくつか施されています(仕組債のヤバい仕組みと舞台裏)。

なかでも、一定以上の外貨安・円高となった場合にはいきなり元本割れが生じる条項が、債券投資家にとって最大の危険です。

筆者の手元には、売れ筋商品だったときのトルコリラ仕組債のパンフがいくつかあります。発行時は1リラあたり45〜55円だったのに対し、いまはわずか33円。このままでは、元本が3〜4割もカットされ満期を迎える可能性が高い

仕組債に組み込まれているリスクの取引は、投資家にとって実質的な取引相手がその債券をつくった金融機関や背後にいるヘッジファンド顧客です。

彼らは、トルコ経済を綿密に分析・予測のうえ、保有するトルコ向け債権の経済凋落に伴うリスクヘッジ、あるいは凋落に賭けることを目的に、仕組債を通じてトルコリスクを日本の投資家へ移転しています。

このように仕組債は、その投資家にリスクを引き受けさせるための手段なので、絶対に買ってはいけません!

人気の売れ筋商品を仕組みを理解せず安易に買ってしまうのは、日本人の悲しい国民性です。大きな為替リスクを生むトルコ人とそのリスクを背負う日本人は、ともに主体性がない点で、似た者同士かもしれませんね。

アナリスト工房 2016年12月26日(月)記事

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*)過去の通貨オブザイヤーの受賞通貨とその記事へのリンク

2015年:わが国の投資家勢が仕組債で損失を被ったブラジルレアル

2014年:でっちあげのカントリーリスクで急落したロシアルーブル

2013年:量的緩和が本格化。通貨安競争で初勝利した日本円

2012年:ギリシャに続きスペインが債務危機。不安定な欧州ユーロ

・2011年:今世紀初のデフォルト騒動。戦後最安値を更新した米ドル