米国のなんちゃって金融引き締め
史上最大の緩和状態のままでは、追加利上げでの引き締め効果は期待薄
2016年8月25日(木)アナリスト工房
走行中の自動車のアクセルとブレーキを同時に踏むと、その自動車は加速するでしょうか、それとも減速するでしょうか?
かつて筆者が初めて買ったマイカー(1985年製の中古車)で試した結果、同じ程度の力で同時に踏んだアクセルがブレーキよりも大きく効き、その白いセダンは速度をぐんぐんと上げていきました。
自動車の車輪には、アクセルで勢いづくエンジンの推進力がブレーキの弱い摩擦力よりもはるかに強く作用します(とくに高速走行時にその傾向が高い)。よって、運転席の2つのペダルを同時に踏み込むと、比較的よく効くアクセルが自動車を加速させるのです。
中央銀行の金融政策では、上記の自動車が経済、伸び悩む経済をテコ入れするためのアクセルが緩和、逆に加熱気味の経済を冷ますためのブレーキが引き締めに相当します。
1.とっくに終えたはずの量的緩和で、追い貸しを続けているFRB
いまアクセルとブレーキを同時に踏んでいる(金融緩和しながら引き締めようとしている)中央銀行は、量的緩和(金融商品の買い取りによる市場への資金供給)の最終処理を放置したまま利上げを始めたFRB(米国中銀)です。
「米国の量的緩和(2008年11月-)はすでに終了した」といわれていますが、FRBが量的緩和で買い取った金融商品の保有高(米国債と証券化商品の計3.7兆ドル:*)は、終了したとされる2014年10月末も2年後の足元もなんと同額。
これらの債券は、本来であれば次々と満期を迎えるにつれて保有高が減少していくはずが、FRBが満期を迎えるたびに同額継続しているのです。満期継続は、FRBが追い貸しでの資金供給をだらだらと続けていることを意味します。すなわち、米国の金融緩和はいまもひそかに続行中といえましょう。
一方、昨2015年12月にFRBは、政策金利の引き上げ(0〜0.25%から0.25%〜0.5%へ)を実施。それまで7年間続けてきたゼロ金利を解除し、引き締めを開始しました。
よって、いまの米国の金融政策は緩和と引き締めが並行して実施されており、自動車でいえばアクセルとブレーキを同時に踏んでいる状態。その2つのペダルを同時に踏むとアクセルがブレーキに打ち勝つのと同様に、緩和策が比較的よく効きます。
実際、S&P500(NYダウとならび米国の代表的な株価指数)は、その構成企業500社が2015年7−9月期から4四半期連続の最終減益にもかかわらず、今月も史上最高値を更新。伸び悩む企業業績に見合わない不自然な株高は、金融緩和の典型的な現象です。
長期金利(米国債10年物の利回り)でみても、足元(1.5%)は量的緩和が終了したとされる2014年10月末(2.3%)よりもはるかに低水準なので、米国はいまも緩和状態といえましょう。
このように、量的緩和が完全に終わらないまま昨年12月に実施された利上げでの引き締めは、その効き目が緩和よりも非常に乏しいのです。
2.再び利上げに踏み切っても、ドル防衛は難しい状況
FRBが量的緩和を完全に終えられない(緩和で買い取った大量の金融商品の保有高を維持せざるをえない)理由は、米国債を中心とするこれらの債券を売却処分した場合に想定される需給悪化に伴う価格急落を防ぐためと見受けられます。
米国債の価格急落は、リーマンショック後に深刻化した米国破綻のリスク再燃を招くとともに、外国勢による米国債売却を誘発した場合には売却代金の外国通貨への両替(ドル売り・外国通貨買い)を通じてドル急落への要因です。
また、FRBが利上げせざるをえない理由は次の3つ。
・昨年半ばから中国がQT(量的引き締め)を本格化させ、外貨準備で保有する米国債とその通貨ドルを換金処分しているため、ドル防衛の必要が生じてきたこと(中国の量的引き締めとは?).
・ドルを支えてきた日欧の金融緩和が、今年になってからは自国通貨安(円安・ユーロ安)を通じてドル高を促す効果が発揮できなくなってしまったこと(手づまりの日銀とECBの金融緩和).
・今年6月の英国EU離脱騒動を受けてポンドとともにドルが急落した背景には、離脱ドミノが他の国々に波及した場合にEU(欧州連合)とともにECB(欧州中銀:いまの緩和規模は世界最大)が空中分解することにより、ドルがハシゴを外される懸念があること(Brexit騒動の舞台裏).
以上3つのドル安要因への対策のために、FRBは昨年12月に続き今年も少なくとも1回は利上げでのドル防衛を行う必要に迫られているとみてとれます。
とはいえ、量的緩和をきちんと終えていないなか追加利上げでの引き締めを実施しても、アクセルを踏みながらのブレーキと同様に効き目は極めて弱い。ドル防衛は不発に終わり、本格的なドル安の再開が想定されます。
最後に、いま第3次世界大戦への懸念が各地(中東、ウクライナ、南シナ海など)で浮上してきたことを踏まえ、その為替への影響をひと言。
さきの第2次世界大戦(1939-1945)では戦勝国の通貨ドルが急騰しました(開戦時が1ドル=4円に対し終戦後の1949年が1ドル=360円)が、米国が軍事的にも経済的にも覇権を失いつつあるいま、新たに戦争を引き起こしてもドルのV字回復は期待薄です。
通貨価値を金に裏づける金本位制に復帰するなど抜本的な改革がなされない限り、ドルは基軸通貨の座からサッサと降りていただきたい。
アナリスト工房 2016年8月25日(木)記事
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*)FRBのB/Sの総資産は、量的緩和の実施に伴い買い取った米国債と証券化商品の合わせて3.7兆ドル、実施前から保有していた米国債0.5兆ドルなど計4.5兆ドル(2014年10月末以降:2016年8月18日時点)。量的緩和前(2008年6月末の総資産は0.9兆ドル)のなんと5倍に膨張している。